AIに対し、ポジティブなスタンスで
豊富な医薬の知識と、高い翻訳力、語学力を備えた西村さんは、ASCA創設時からのトップ翻訳者です。そんな西村さんに、今回の翻訳祭の感想や、プロの翻訳者のこれからについてお話を伺います。
Q: 翻訳祭に参加されていかがでしたか?
A: 幼い頃にブラインドタッチをマスターして書くことに目覚めたという小説家の方のお話や、まさに文化の翻訳ともいえるお笑いの字幕の翻訳の講演など、とても楽しく、バラエティに富んだ翻訳祭でした。また、MTやAIの進歩のこと、業界の変化など、普段の仕事の中ではなかなか情報を入手するのが難しいですが、こういった様々な情報を聞くことができてよかったです。
Q: MTやCATツールについてのお話もたくさん報告されていました。何か印象に残っていることはありますか?
A: 昨今では、ポストエディット(PE)が主流になりつつあり、MTを活用することにより短時間で翻訳を仕上げることが求められてきていますし、この翻訳祭でもその流れがさらに強まっていることを感じました。PEで翻訳の手間が省けて翻訳者の仕事は楽になると一般的に思われているのではないかと感じます。ですが、翻訳者とは本来、言葉が好きで、自分なりに工夫をして言葉を紡ぎ出すこと、自分の言葉で文章を生み出すことにやりがいや楽しみを見出し、それを仕事としているのではないかと思いますし、自分自身もそのように感じてこの仕事をしています。時代の要求に応えながら、やりがいを持ち続け、自己研鑽を続けることが翻訳者にとっての今後の課題であることを再認識しました。
翻訳祭では、阪本先生から、翻訳者の仕事の満足度に関する研究についてお話がありました。とても興味深く聞かせていただき、このような研究の内容が翻訳業界に一般的に広まるといいなと思いました。また、翻訳祭での他の翻訳者さんのお話の中でも、みなさんも同じように感じていらっしゃるということが分かり、自分と同じ立場で働く方々のお話を聞けるのはとても良い機会だったと感じています。
これからの時代、たとえMTやPEがスタンダードになったとしても、特に医薬の業界では、読みやすい、誤解を招かない文章、より高い専門性が求められ続けるのではないかと思います。講演では、ChatGPTに文章の読みやすさを判定させたり、知らないことは知らないと言いなさいと教えたりなど、より能動的な働きかけをしているというお話もあり、AIの利用の仕方次第で、翻訳者が、より深い理解に基づく文章、理論的に齟齬がない文章にするために注力できる時間を増やすことができるのではないかと思います。そういったポジティブなスタンスで、これからの時代のお仕事にも対応していけたらと思っています。
Q: ASCAの品質管理部に期待することはありますか。
A: 納品後にクライアントからフィードバックやクレームがあった場合、その都度PMの方が個別にその案件に対応した翻訳者にフィードバックをしていただいていますが、自分が対応した案件についてのみフィードバックをいただくのではなく、ASCAに対して寄せられた様々な案件のクレームやフィードバックを全て集約して全翻訳者へ共有いただけると、いろいろなエラー等の事例を目にすることで自分自身の学びや作業時の注意喚起にもなりますので、そういった発信をしてもらえたらありがたいと思っています。また、クレームでは、抜け、数字の間違い、指定用語の不遵守、単語の誤認などが多いかと思います。案件ごとのデータ破棄がハードルになっているかもしれませんが、クライアントの了承が得られれば、CATツールの使用やTB/TMの充実によってこれらにより対処できる体制になるといいなと思います。
西村さんのように、技術の進歩や市場のニーズにいち早く対応してくださるのは心強い限りです。MTやAIは、翻訳者にとってかわる存在ではなく、あくまで翻訳者のことをサポートしてくれるツールであり、最後に仕上げるのは翻訳者さん自身であるというメッセージをこれからも発信していきたいと思います。パートナーの皆様との情報共有についても、これから品質管理の一環として取り組んでいきたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。