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翻訳者として、プロとして

JTF翻訳祭2024が「ことばを伝える─情報、技術、文化、そして心を伝える」というテーマのもと金沢で開催され、実行委員長として大役を務められた中野真紀さんにお話を伺いました。


福味:今回の大会は大盛況です。その大会委員長として、今回の翻訳祭はいかがでしたか。 

中野:関西圏や関東圏以外の地方都市での開催に不安を感じていたものの、能登半島の震災からの復興を支援しようとする関係者の気持ちもあってか、想定以上の方が参加してくださり、情報、技術、文化、そして心を伝えるというテーマが伝わったことを感じ、ほっとしています。

福味:今回の翻訳祭ではAIやMTPEをテーマとした講演が多くみられましたが、中野様ご自身はMTPEについてどのようにお考えですか?

中野:翻訳者としては、エージェントとの契約がほとんどで、個人利用は基本的には禁止されているので、翻訳には使用していません。ただ、機械翻訳はあくまで便利な道具・ツールであり、敵対することなく、うまく活用することで、クライアントにより良い翻訳を提供し、かつ翻訳の仕事を楽にすることができると考えています。

福味:道具として使うという観点で着目したいところや、もう少し掘り下げて何かご見解のようなものはお持ちですか?

中野:機械翻訳といっても、DeepLやGoogle翻訳だけでなく、ChatGPTに翻訳をさせることを機械翻訳と呼ぶ人もいます。私の場合は、ChatGPTを内容のリサーチや背景情報の確認に利用しています。ChatGPTはヒントをくれる相談相手です。もちろん、結果をそのまま使うのではなく、自分の判断で情報を取捨選択しますが。
例えば、参考資料がすべて英語やドイツ語の場合、概略を理解するには日本語の方が楽なので、機械翻訳があれば便利です。辞書を引くのと同じように、意味合いを理解したうえで、さらに詳細に調べたりします。

福味:翻訳者として力量を高めていくことが、今後は今まで以上に大事だと講演でも伺いました。 

中野:機械翻訳の精度が向上する中で、それを少し手直しするというだけでは、プロ翻訳者として生き残れないと思います。「短時間に大量の文書を取り急ぎ読める状態にする」ニーズに対してMTPEをする案件はあるかもしれませんが、それはサービスの一つであって、その仕事は本来の翻訳の仕事とは異なると思います。
取り急ぎ読めるようにする、という仕事ばかりやっていると、仕事を丁寧に仕上げられなくなるのではないでしょうか。翻訳者として自分のスタイルを見つけ、プロである以上、翻訳者にしかできない品質を保つ努力が必要だと考えます。

福味:後進の方にメッセージをお願いします。 

中野:機械翻訳の登場で、翻訳の仕事はなくなるのでないかという不安を持っている人もいるかもしれませんが、翻訳の仕事はなくならないと信じています。20年ほど前、翻訳者になり始めのころ、私はチェックの仕事を多く引き受けていました。初心者がチェックをすることについては是非もありますが(ベテランがやるべきという考え方もある)、初心者はチェックをすることで多くのことを学ぶことができます。翻訳者になりたい場合、チェッカーから翻訳者に移行できるかどうかは本人の努力次第です。同様に、取り急ぎ読めるようにしてほしい、というMTPEの仕事からスタートしても、努力次第で翻訳者になることは可能です。

いくら経験を積んでも、毎日勉強は怠りません。例えば特定分野の型にはまった文書ばかり翻訳していると、同じスタイルになってしまい、その分野以外の翻訳ができなくなってしまいます。自分が今携わっている分野の翻訳が、10年後にも同様に需要があるかはわかりません。そのためにも常に新しい分野に挑戦する気持ちでいろんな勉強をしています。これは新人に限らず、ベテランも一緒です。翻訳者の勉強会などに参加して、普段とは違う分野を知って、視点を変えることでスキルを広げることも重要だと思っています。努力は裏切りません。
あなたに依頼したい、という価値を生める翻訳者であれば、AIがいくら進化してもプロとして活躍の道は広がるはずです。AIに使われるのでなく、うまく使い、明るい未来を作ってください。


終わりに

AIの進化が進む中、翻訳者としてどう仕事を取り組んでいくのか、変わること、変わってはいけないことについてメッセージを聞くことができました。こんな翻訳者さんと一緒に仕事したい、と強く思い、いっしょに業界を盛り上げていきたいと感じた次第です。

中野 真紀 様

中野 真紀
JTF理事、第33回JTF翻訳2024祭実行委員長
独日・英日翻訳者。ドイツのボン大学に留学し、帰国後、製薬会社勤務と並行してフリーランスの翻訳を開始、2005年に独立。産業翻訳から出版翻訳まで幅広い分野の翻訳を手がける。
訳書(共訳)『ダライ・ラマ 子どもと語る』(春秋社)、『ドリンキング・ジャパン【英日対照】英語で読む日本のお酒を楽しむ文化ガイド Drinking Japan: It's Not Just Sake』(三修社)など。

聞き手:福味 知嘉子(株式会社アスカコーポレーション)

30周年記念サイトは下記より