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「科学はもっと楽しい:“なぜなぜ小僧”とScience」櫻井治久様(コスモ・バイオ株式会社 顧問 農学博士)

私自身、教育研究の現場に身を置いていたこともあり、研究を進める思考の楽しさを一人でも多くの研究者と共有したいという希望は、研究室を離れて以降もずっと持ち続けています。

2003年、東京で開催された“ゲノム創薬”の会議でScience初の姉妹紙、Science STKE(現在のScience Signaling)のエディターであったNancy R. Gough氏の講演に聞き入りました。そこでNancy氏を紹介してくれたのが当時Scienceの日本での窓口をしていたASCAの石岡さんです。

時まさに産業界、アカデミアもゲノム創薬を目指す機運が高まっていた頃です。講演会は活気がありました。This is it! だったのです。当時マーケティングの組織を立ち上げたばかりで、私には国外からのシグナル研究の成果や研究試薬の紹介が数多く届き、販売促進の責任も小さくありませんでした。実は怖いものもなかったようです。ホットな研究領域の議論の場を後援することで企業価値を高めることはアリです。石岡さん曰く、「日本でScience STKEはほとんど知られていない。Science誌の日本語版HPは既にできていたので、同じようにScience STKE日本語版HPを作ったら面白いかも」と具体案がすぐに出てきました。私にすればネットを活用する顧客戦略のための大きなチャレンジでしたが、他社にはまねができない、上司に文句を言わせないことができると信じました。石岡さんの提案に乗ることに躊躇はなかったですね。Science STKE日本語版HPは、Scienceとの交渉を経て12月には公開になったのです。短期間、低予算、姉妹紙でのこうしたプロジェクトの前例はなかったものの、石岡さんの熱意がScienceを動かしたのだと思います。今も続くプロジェクトです。

この縁で作ったScienceのREPRINTも残っています。

日本からの発表論文が増えていた頃ですが、Scienceは会員制総合学術誌なので、書店に置いてあるわけでもなく、会員以外はなかなか目に触れることがありません。Scienceとしては購読者を増やすために投稿者、掲載者を増やす施策が必要だったようです。先端の研究分野で価値ある成果を示し活躍する日本人研究者がたくさんいることを広く知らせたいという私たちの思いも共感いただけてできたのが「Scienceに載った日本人研究者」という冊子です。1年間にScienceに載った日本人の研究を、日本語で、顔写真、ラボの紹介と一緒に紹介しています。私たちは、このスポンサーも引き受け、毎年3月の再生医療学会から配布を始めるのが恒例になりました。Scienceは総合学術誌ですからトピックスの研究領域は多岐にわたるものです。研究者自身にとっては、自分の研究領域以外の議論は素人同様ちんぷんかんぷん。日本語にしても無意味だろうとも思いました。でも、そうではありません。執筆者自身のためではなく、様々な事象に興味を持つ子供たち、若者たちに、希望をもって興味を掘り下げに進む勇気を持ってもらうためにも、「Scienceに載った日本人研究者」の冊子を通して研究の楽しさを伝えたいのです。石や海、地層や星、化石や貝塚、魚や鳥、虫や植物、音や色、私たちを囲む様々な事象を、突いたりひっくり返したりする“なぜなぜ小僧”を子供時代で終わらせてはいけません。執筆者には、コラムとしてわかりやすい説明を加えてもらい、スーパーサイエンスハイスクールにも届けてもらっています。ぜひ使わせてほしい、という高校の先生たちの声ばかりではなく、執筆者からも、研究仲間の結束や切磋琢磨のためにもなっていると聞くと編纂の励みですね。2007年にスタートし、今年で17冊目を数え、その他姉妹紙、Science Signaling、Science Translational Medicine: STM、Science Immunologyの冊子発行にも協力しています。そういえば、2008年2月には山中伸弥先生たちのiPS細胞の論文翻訳のリプリントの翻訳プロジェクトにも協力しました。3月の再生医療学会で配布したときの反響は忘れられません。

研究を進める思考の楽しさを研究者と共有したいという願いは、コスモ・バイオの会社風土にも刷り込まれてきました。研究成果の表舞台に立つ研究者たちから距離をあけて立ち、微笑みと拍手を送るサポートチームが出来ています。ASCAさんの30年のうちの20年を協働して、Scienceを冠に、いろんな協賛や協業をさせていただいてきましたが、研究者にも「Scienceと言えばコスモ・バイオ」が刷り込まれてきているようです。コスモ・バイオ、ASCA、Science、研究者。大切な仲間ですね。感謝しかありません。

近年、日本の基礎研究が低迷しているという話をよく耳にします。基礎研究の地味な検証の成果が、科学技術の進歩に欠かせないし、知恵の礎となって、ヒトが生きる時間を支え、より豊かな未来を創造することにつながると信じています。これからも基礎研究を支え続けましょう。

コスモ・バイオ株式会社
顧問 農学博士
櫻井治久

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